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【ブログ】002-東日本大震災から8年 私にできること
みなさん、こんばんは。青木です。
タイトルにもありますが、今日で東日本大震災から8年です。
当時、私は富山でデイサービスの職員として働いていました。
利用者さんにおやつを出していた時「今、揺れたね」
という利用者さんの一言で地震に気づきました。
遠く離れた東北で大変なことになっているなんて・・・
この時は、思いもよりませんでした。
帰宅して、すぐに見たニュース映像に、初めて目にする光景に・・・
言葉を失ったのを覚えています。
震災から半年ほど経った2011年11月に私は、障害者や高齢者の傾聴ボランティアに参加するため宮城県釜石市・石巻市に行きました。
8年前、現地に行ってから私に何ができるのだろうと考え続けいます。
現地の方のお話を聞いたときのこと、今でも印象深い言葉があります。
「近所の友人で避難所に行かなくて津波に巻き込まれて亡くなったもんがおる。
避難所に行くと不便だからと。その電話を切った後に大津波に巻き込まれると知っていたらすぐに行けと言ったのに」
と話してくださった高齢の男性。
「僕の友人は、『車いすで僕が避難所に行くと迷惑だから』と早くに動かなかった。
津波は来た時になんて避難できるわけがない。」と悔しそうに話す男性。
この人たちは、誰も高齢である自分の命や障害者の自分の命を軽く見たわけでは、ないと思います。
でも、ほんの少しの遠慮やほんの少しの非難に対する億劫ない気持ちが
かけがえのない命を失うことになってしまいました。
私は、この時簡単に泣くことが出来ないほどショックでした・・・。
実際に車いすで現地を移動してみると瓦礫やガラス片が所々にありました。
「9カ月経ってこの状態・・・私は一人暮らしで大地震が起きたらどうやって避難しよう・・・」
と真っ先に思いました。
でもその時こうも思いました。
「この状況は、車いすでの非難は、恐怖でしかない!でも何とかしないと!!」多分、事前にお話を聞いていなければ”自分には何ができるのだろう”折にふれ考えることもなかったのではないかと思っています。
災害が起きると、エレベーターはもちろん、スロープも、きれいな歩道もなくなります。
最後に支えになるのは、どんな人にとっても「人」です。
私出来るのは、車いすと一緒に生活する私の声を一人でも多くの人に伝えることだと思い、車いすに乗っている人を身近に感じてほしい。
そのために自分から行ける場所や自分がいる場所を制限しないことを日常のテーマにしています。
一歩ずつでも、良い方向にみんなで向かえますように・・・。